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ブログ8:伝統芸能

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 「リコーラ」という咳薬のコマーシャルを見たことがあるとしたら、ヨーデリングという伝統芸能を見たということだ。この民族的な音楽のスタイルは元々オーストリアをはじめスイスなどアルプスにある国で演奏された。話がなくて、踊りもなくて、 一人かグループで行われる。そして、 バージョンが一つある: 楽器と人の声で演奏されるバージョンと声しか使えないバージョンだ。 楽器と言葉の代わりに、音を出すことために色々な調子だけ使われていない。そして、名前が音についてのヒントになっている:ドイツ語では、「ヨーデリング」の「よー」はヨーデリング歌手の声に関係がある。こんな歌が「ヨー」や「イー」という長い母音を中心しをているので、文字通りに翻訳したらヨーデリングという名前は「ヨーの音をいう」という意味である。ヨーデリングの音はとても特徴的だから、ヨーデリングを聞いたことがあるとしたら、すぐにそれがヨーデリングを分かるはずだ。 ヨーデリングが言葉を使わないから、これコマーシャルは本当のヨーデリングじゃない が、同じスタイルです。  ヨーデリングには元々実用的な目的があった。昔、オーストリアやスイスなどにあるアルプスでは、牧畜が一般的な仕事だった。そして、動物を遠くから呼ぶために、牧畜民が大声で叫ばなくてはいけなかった。ヨーデリングの技術は 400 年以上前に初めてスイスの歴史の本で言及されたから、現代の歴史学者にとても古い技術が知られてきた。後の時代には実用的な使い方の代わりに観客の楽しみのためにたいてい演奏している。原産国々で 1830 年代ぐらいに初めて人気がなって、後でアメリカやイギリスなど外国でも演奏されるようになった。その上、ヨーデリングの元からとても遠いのに、ヨーデリングは20世紀のアメリカのカウボーイの映画によく使っていた。だから、ヨーデリングはアメリカのポップカルチャーに影響を与えたに違いない。  今、ヨーデリングの新しい仕方が発明されている。様々なバンドがヨーデリングをロックなど近代的な音楽のスタイルと混ぜていて、伝統的なヨーデリングも繁栄している。3年に一回、色々なスイス地方のコンクールが勝ったヨーデリンググループが全国のコンクールのため集まって、大きい観客を魅力する。前に言ったように、ヨーデリングは薬のコマーシャルさえに見つけられる。とても古い芸術なのに、ヨーデリングが死...

ブログ6:暁のヨナ

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 様々な日本のマンガを楽しんでいるが、歴史的な背景があるマンガを特に興味がある。実は起きなかった歴史のもとにした「歴史的な」マンガさえ好きである。事実ではない草薙みずほ作「暁のヨナ」というマンガも二のカテゴリのマンガである。「暁のヨナ」はアニメ化受身形が、現在マンガの方が完了に近くなっているから、マンガについて話したい。  2009年に連載をし始めてから今まで、ファンが増えている。今も連載を出版し続いていて、毎月新しい章が出ている。少女マンガなのに、少女だけではなく、色々なマンガファンがこの全部少しずつがある物語を楽しんでいる。例えば、マンガが好きな人で、私が知っている人はほとんどみんなは大人の女である。理由が分からないのに、女性の方が少女よりこの物語の難しい理論と複雑な状況が好きだと思うからだ。  「暁のヨナ」の世界は昔の韓国の元にしている。ヨナという 甘やかされて、服と好きな男のことばかり考えている姫の物語だ。ヨナのお父さんは人気がなくて、戦争が嫌いな王様だから、ヨナは城でとても保護された生活をしている。ところが、十六歳の誕生日に好きな男が王様になるためにヨナのお父さんを殺すとヨナの世界が全部変わる。その上、ヨナは王位継承者なので、生き残るためにヨナとハクという忠実な護衛は逃げなくてはいけない。後でヨナは早く成長しなくてはいけなくて、王国にはお父さんの統治がさせた問題について学んで、この問題を直すようにして、人を助けなくてはいけない。この話にはすべてが少しずつがあって、アクション、キャラクター開発、ロマンスなどがある。それで、「少女マンガ」に呼ばれるのに、色々なジャンルから要素がある。歴史とかロマンスとか政治などが好きな人は面白いと思われることを見つけられる。ですから、読者を満足させるから、日本の外さえ人気があると思う。  「暁のヨナ」はアニメ化受身、マンガは英語で翻訳されたから、日本の外で結構人気がある。日本では時々店やレストランや「暁のヨナ」とのアニメコラボがあって、キャラクターグッズが商品化されるから、たぶん日本でも人気があると思う。でも、日本人の学生達とアニメについて話した時、「暁のヨナ」が知らなかったので、とてもびっくりした。でも、アニメが好きな若者がこのアニメを知らなかったら、誰がコラボに行っていて、キャラクターグッズを買っているのだろう?少し不思議...

ブログ5:プロジェクトレポート

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 たくさんアメリカから日本人移民が故郷の繋ぎを守ることを大事にしている。このことをするのは仕事やアパートを探して、他の日本人移民の友達を作って、自分の文化のおなじみことを周りにして助けられる。これをするために、アメリカには色々な県人会がある。県人会というのは、同じ都道府県から移民された人の組織です。このプロジェクトのために、沖縄県人会を研究して選んだ。  沖縄県人会はロサンゼルスの南にあるガーデナにある。ダウンタウンロサンゼルスから、渋滞が少なくたら車で 110 フリーウエイで 20 分ぐらいかかる。部員の数が 1000 ぐらいから、ロサンゼルスの一番の大きい県人会である。あまり一般に公開だのに、部員とゲストのための集会やカラオケなど毎月色々なイベントをしている。例えば、私は毎月の集会を参加した時、部員は混ざり合ったり、ポットラックをしたり、三線という伝統的な沖縄の楽器の短いレッスンをもらえたりした。そして、部活は物理的な位置に制限されないんです:沖縄県人会も色々なオンライにベントをしている。例えば、ズームで毎月うちなーぐち(沖縄の言語の一つ)の授業がある。沖縄の文化について学ぶために、私が一つ参加した。  日本の文化について新しいことを学びたかったから、県人会を選びたかった。そして、県人会は社交組織だから、色々な人と会って話せると思っていた。沖縄の歴史と文化は大和文化に違うから、全部県人会の中にこれは選んだ。この組織を研究した始め他時、私の目的は沖縄文化と身元を分かることだった。これのために、イベントを参加して、西口みつおさんという部員を面接して、一人で沖縄について読んで研究した。このことの後で、もっと沖縄に興味があることになった。日本と沖縄は言語とか政府とか教育が全部同じだのに、文化が違う。例えば、三線のレッスンでは日本と沖縄の音楽と踊りがとても違うことを学んだ、それぞれのリズムとスタイルがある。そして、沖縄には日本だけではなく、うちなーぐちという言語が話されている。日本語ででも、沖縄の方言がとても特徴的なんである。そして、地方の食べ物は天気によって違うから、沖縄の暑い天気でも文化が違くにする。  でも、最も面白い学んだことは沖縄の社交関係についてである。西口さんに面接された時、沖縄県人会と他の県人会の違いは関係と言いた。みつおさんの故郷は福島県であるから、福島...

ブログ4:グラフを読む

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  グラフの解釈 サラ・サリスベリ                                               オリジナル作文 (先生の文法と単語のコメントを直したが、正しくない)  私はフィギュアスケートに興味があるから、この ISU 「 International Skating Union 」のデータを表すグラフを選びました。このデータは ISU が出したものむウィキでコンパイルされました。  選んだグラフはフィギュアスケート選手の G O E から得た点を表しています。「 GOE 」は英語で「 Grade Of Execution 」という意味で、それぞれの選手の得点の中でテクニカルエレメントの質を測定する部分です。現在、− 5 から+ 5 までのスケールがあるんですが、前は−3から+3までのスケールがあって、このグラフは古いスケールを表しています。  + GOE を取ったら、選手の点が高くなるけど、― GOE を取ったら、点がよくなくなる。 GOE をもらえられるためたくさん複雑な規則があるけど、大切なことは G O E がスケート選手にとってとても大事です。このグラフの色々なジャンプのあげられた GOE を表しています。スケートには文字を表されたジャンプの種類が7つあって、最も簡単と言われているから最も難しいまで、サルコウ (S) 、トウループ (T) 、ループ (Lo) 、フリップ (F) 、ルッツ (Lz) 、アクスル (A) というジャンプです。対字の前の数は回転の数です。1回転のシングル、2回転のダーブル、3回転のトリプル、4回転のクワドルプがある。  このグラフからもっと難しいジャンプの GOE はー GOE が多いだと分かります。例えば、4 A は4回転アクスルというジャンプです。フィギュアスケートの歴史では今まで4 A を試みて成功したのは一人しかいないから、ほとんど全部の試みは失敗して、悪い GOE をもらいました。だから、4 A では―3 GOE の色が長くて、+ GOE が短いです。でも、他の4...

ブログ3:私のプロジェクト

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皆さんのが知っているように、今学期にロサンゼルスには日本語を言われている場所を選び、人を面接され、学んだことについてレポートしなくてはいけません。そして、私のプロジェクトのために「 アメリカ沖縄協会」(Okinawa Association of America) という 組織を選びました。この組織は ガーデナにあって、任務はアメリカに住んでいる沖縄から来た人を繋ぐことと沖縄の文化を保存することです。 というのは去年の学生は私にひらめきのあってくれました。先学期、誰かが「広島県会」という組織を選んだから、私に県の組織を選ぶのイデアをくれました。他の都道府県に比べて、沖縄はすごく違いますので、この組織を選ばれば面白いことを学ぶと思い この写真は「 アメリカ沖縄協会」のウェッブさイートからです。伝統的な沖縄の踊りです。 ました。ですから、 沖縄の身元を調べる ため、 「 アメリカ沖縄協会」と話した いです。 沖縄歴史はとても面白いと思います。例えば、日本の 都道府県になった前に、沖縄は「 琉球國」という 王国でした。 琉球國は日本だけではなく、中国や東南アジアの文化に影響を受けました。それで、沖縄文化はとても国際的なんで、沖縄文化には他の島にある日本文化で不在がある側面があります。でも、この歴史はどう現在の沖縄に住んでいる人の身元を影響しますか?そして、 「 アメリカ沖縄協会」の部員はアメリカに住んでいるから、他のアメリカに住んでいる日本人の文化と身元を違いますか? 研究と面接で、この質問を答えたいです。

ブログ2:フルーツサンドイッチの物語

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フルツーサンドは人気がある日本的なデザートである。とても簡単な甘い食パンやクリムや色々なフルーツで出来た食べ物だ。サンドイッチはたいてい甘くない食べ物だが、フルーツを使ったらデザート化できる。でもなぜが発明されたか?というのは、日本の大正時代、「フルーツパーラ」というを開けられた。日本には贈り物がとても大切だから、この店に贈り物を与えられる高い果物を売った。そして、古くなる前に果物を使うために、この店はサンドイッチを作り始めた。はっきりいつが知りませんだけど、 1920 ぐらい売った知られています。現代はフルーツサンドは斜めに切ったけど、これは 1961 の前に四角に切った。 1964 オリムピックから、この形は人気になったから、まだ斜めに切る。 色々の値段があって、コンビニで買うサンドは安いのに、これと違ってフルーツパーラーで食べたらとても高い。でも中身はなんだろう?サンド中身の味は季節によく違う。例えば、1月から5月まで一般的なフルーツはいちごだ。いちごの他に一般的にフルーツはキウィとかオレンジとかマンゴとかぶどうである。日本では、私もパイナップルのサンドを食べました、ところが、パイナップルはジュースが多くて、食べた時めちゃくちゃになったから、ジュースが少ないフルーツでできたサンドの方が好きである。 フルーツサンドは日本の外に大きな街でも時々見つけられるけど、日本の方だ。例えば、ロサンゼルスには、たくさん日本人が住んでいて、日本料理がはやっているが、私が知られているフルーツサンドで買えるレストランだけは5つ以下だけだ。この中に私の一番好きなのは「カツサンド」というレストランだ。アメリカで食べたフルーツサンドの中で、「カツサンド」のサンドは最も日本で食べたサンドに近い。                 小さくて、アジア料理が人気じゃない街ではだいたい見つけられないんだ。でも、日本の文化と食べ物の人気さおかげで、最近見つけやすくなってきた。例えば、私の出身はサンヂエゴだ。去年サンヂエにはフルーツサンドを売る店がなかったが、今年の冬休みに帰た時二つ新しい店を見つけた。もっと人気になっていくに違いない。  

ブログ1:私の冬休み

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 こんにちは皆んなさん、サリスベリである。このポストのトッピクは冬休みだから、ちょっと冬休みについて言うようにする。 この冬休み、兄とヨロッパに行くはずだった。兄は大学院生だ、同じ日々に休みがあった。ヨロッパというのは、一月の初めに兄は留学するためにドバイに行く予定だった、ヨロッパの方がアメリカよりドバイに近いですから、この予定は便利であった。でも、世界の時事問題のために、留学のプログラムはキャンセルしてしまった。ですから、ヨロッパに行かなかってしまった。でも、私たちの家族はハワイのカウアイに行ったから、大丈夫だった。 たくさんきれいなビーチを見たり、家族と遊んだり、美味しいものを食べたりしたから、ハワイは楽しかったです。でも、奇妙に、それの週私の故郷の街の天気はハワイの天気がもっと暖かいであった!ハワイには風がすごく強くて、たくさん雨が降っただから、サンヂエゴに帰えた時、暑そうであった!ちょっと変なんだった。                      世界にはハワイのモンクシル(アザラシー)は1000匹ぐらいである。     ハワイに最もアザラシー見られた所は、カウアイです。この2匹は喧嘩していた。 ハワイから帰た後で、家でゆっくりした。この時サンヂエゴにいる友達がいなかったから、一人で読んだり、小説を取り組んだり、日本語の本を読んで練習したりした。USCに帰た直前に、私にUSCで出席している教会から友達はパーテイを開いたから、行った。パーテイに行くためにたくさん大学からきた友達がサンヂエゴに来たので、楽しかっただ。